アーリア人とは、古代においてインドやイランなどに移住・定住したとされるインド・ヨーロッパ語族の一派を指す言葉で、元来は自称として「高貴な人々」「自由な人々」といった意味を持っていました。語源的には、サンスクリット語の「アーリヤ(ārya)」およびアヴェスター語の「アイルヤ(airya)」に由来し、これらの語は古代インドとイランの文献において、自民族の呼称として用いられていました。アーリア人は、紀元前1500年ごろから中央アジア方面から南下し、インダス川流域に拠点を築いて古代インドのヴェーダ文化を形成したと考えられており、リグ・ヴェーダをはじめとする聖典の編纂に関わった存在とされています。
特徴としては、インド・ヨーロッパ語族に属する言語を話し、騎馬文化や青銅器文化を持ち、戦士階級を重んじる階層的社会構造を形成していた点が挙げられます。インドにおいては、アーリア人の社会構造が後のカースト制度の源流となったとも言われており、バラモン(司祭)やクシャトリヤ(戦士)といった階層が明確に描かれるようになりました。一方、アーリア人の概念は近代以降になると誤用や過度な一般化がなされるようになり、特に19世紀から20世紀初頭のヨーロッパでは「アーリア人種」なる言葉が用いられ、白人至上主義的な思想と結び付けられるようになりました。しかしこの用法は、言語学的な区分と人種的な概念とを混同したものであり、現代の学問的観点からは否定されており、アーリア人という語は現在では歴史・言語・文化的な文脈に限定して慎重に用いられる傾向があります。
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