トハラ人

トハラ人は、古代に中央アジアのタリム盆地(現在の中国・新疆ウイグル自治区)に居住していたインド・ヨーロッパ語族系の民族であり、独自の言語と文化をもっていたことで知られています。彼らの存在は長らく謎に包まれていましたが、20世紀初頭にタリム盆地の乾燥した砂漠地帯から発見された数々のミイラや写本、壁画などの考古学的資料によって、その実態が徐々に明らかになってきました。

 

とくに注目されたのは、トハラ人のミイラに見られる身体的特徴であり、多くのミイラが長身で色白、波打つ金髪や赤毛、彫りの深い顔立ちをしていたことから、ヨーロッパ的な人種的特徴をもつ人々が古くから東方の内陸アジアに定住していたことが分かり、これまでの歴史観に大きな衝撃を与えました。彼らが使用していたトハラ語は、サンスクリットやラテン語、ギリシャ語と同じくインド・ヨーロッパ語族に属しており、その中でも特に早い時期に東へ移動したグループの言語として分類されています。

 

トハラ語は、仏教文献の写本などからその存在が確認され、A方言とB方言の2種類が知られています。これらの言語は、7〜8世紀頃まで使われていたと考えられていますが、やがてトルコ系民族の進出やイスラームの拡大とともにトハラ人の文化や言語は消滅し、その痕跡は歴史の中に埋もれていきました。

 

このように、トハラ人は中央アジアにおける多民族的・多文化的交流の歴史を物語る重要な存在であり、彼らの言語や人種的特徴、宗教的活動などは、古代ユーラシアの東西交流を理解する上で非常に貴重な手がかりとなっています。