イランとアフガニスタンの地理的・歴史的な結びつき
イランとアフガニスタンの国境線が示す重要性

歴史に見るイランとアフガニスタンの相互作用
歴史的に見て、イランとアフガニスタンは古代から深いつながりを持っています。例えば、イランのアケメネス朝は現在のアフガニスタンの一部を支配し、その後もサファヴィー朝などのペルシア帝国により影響を受けました。その影響は行政制度や文化、建築様式にまで及び、アフガニスタンの基盤づくりに大きな役割を果たしました。また近世では、アフガニスタンがイランの領土として編入される時代もあり、政治的な支配関係が両国の歴史的関係を形成しています。このような長い歴史の中で、イランとアフガニスタンは互いに影響しあう存在となってきました。
ペルシア帝国時代からの文化的影響
イランの前身であるペルシア帝国時代から、アフガニスタンはペルシア文化の影響を強く受けてきました。言語においては、アフガニスタンの公用語の一つであるダリー語がペルシア語から派生しており、現在でも両国の人々間でのコミュニケーションにおいて共通の言語になっています。また、文学や詩歌においてもペルシアの伝統がアフガニスタンの文化に深く根付いており、例えばルーミー(=ルミ)やハーフィズ(=ハーフェズ)といった詩人の作品は両国で愛されています。さらに、宗教的儀式や工芸品、さらには建築様式に至るまで、イラン文化の形跡がアフガニスタン各地で見られることからも、文化的なつながりの強さがうかがえます。
アフガン人のイラン内反乱の影響
アフガン人がイラン内で反乱を起こした歴史は、両国の関係における一つの重要な局面と言えます。特に18世紀には、グルカニード朝による反乱がサファヴィー朝に大きな影響を与えました。この反乱により、ペルシア帝国は一時的に弱体化し、政治的不安定を招く結果となりました。しかし、このような混乱を経た後も、イランとアフガニスタンの相互作用は続き、最終的には交易や文化的交流を通じて再び結びつきを強めています。この歴史は、両国間の緊張と協力の繰り返しといった複雑な関係を物語るもので、現代の情勢にもその影響が垣間見えます。
宗教と民族の交差点
イランのシーア派とアフガニスタンのスンニ派イスラム教
イランとアフガニスタンは、宗教の共通性と違いの両方を通じて深く結びついています。イランはシーア派イスラム教を国教とする国家であり、その住民の多くがシーア派に属しています。一方、アフガニスタンはスンニ派が多数を占める国です。この宗教的違いは歴史的に両国間の相互作用や緊張の要因となる一方、対話の場も提供してきました。
特にイランは、アフガニスタンのシーア派少数派であるハザーラ人への支援を続けており、これが両国の複雑な関係に影響を与えています。また、イラン国内でのスンニ派の存在や宗教的集団間の相互理解を促進する取り組みも進められています。このように、宗教は二国間関係を形作る重要な要素といえます。
共通する民族グループとその文化的特徴
イランとアフガニスタンの間には、歴史的な民族的な結びつきが存在します。特に、ペルシア語を話すタジク人や、アフガニスタン南西部とイラン東部にまたがるパシュトゥーン人など、両国に跨る民族が多数存在します。これらの民族は共通の言語や文化を共有し、二国間の境界を越えた人の移動や取引を容易にしてきました。
また、イランではアフガニスタンから来た移民が大きなコミュニティを形成しており、二国間の民族的つながりが具体的な人々の生活に反映されています。このように、イランとアフガニスタンの民族的特徴は、国境を越えた深い繋がりを象徴しています。
バローチ人をはじめとする国境地帯の少数民族
イランとアフガニスタンの国境地帯には、バローチ人をはじめとする少数民族が数多く住んでいます。バローチ人はイラン、アフガニスタン、そしてパキスタンにまたがって居住しており、その独自の文化と言語を持っています。しかしながら、彼らは歴史的に社会的・経済的に疎外されることが多く、地域の安定にとって課題の一つとなっています。
特に、バローチ人の居住地域は麻薬密輸や武装グループの活動が活発な地域でもあり、イラン政府とアフガニスタン当局はこれに対処するため協力を求められています。このような国境地帯の少数民族の状況は、二国が共有する地政学的課題となっています。
イランのアフガニスタンのシーア派民族ハザラ人への対応
歴史的背景と共通のアイデンティティ
イランとハザラ人は、同じシーア派の信仰とペルシャ語に近い言語(ダリー語)を共有しており、伝統的に強い結びつきがあります。1990年代のタリバン旧政権時代、イランはハザラ人の軍事組織「イスラム統一党」を強力に支援し、タリバンの拡大を阻止するための防波堤として彼らを位置づけていました。当時のイランは、ハザラ人の「守護者」としての色彩が非常に濃かったと言えます。
現在のイランのアフガニスタンにおけるハザラ人への対応は、一言で言えば「宗教的連帯感に基づく限定的な支援」と「国家利益を優先した戦略的実利主義」が複雑に絡み合った状態にあります。かつてのような無条件の保護者という立場からは変化しており、現在はタリバン政権との安定的な関係維持を優先しながら、ハザラ人を外交や安全保障のカードとして利用する傾向が強まっています。
戦略的利用とファテミユーン軍団
近年のイランは、ハザラ人を自国の外交・軍事戦略の一部として組み込んでいます。その象徴が、イランが組織したシーア派義勇軍「ファテミユーン軍団」です。イランは、国内のハザラ人難民をリクルートし、シリアの内戦などでアサド政権を支援するために戦わせました。これはハザラ人を「支援」している側面もありますが、実際には自国の国益のために彼らの生命を手段化しているという批判も根強く、純粋な保護とは言い難い実態があります。
タリバン復権後の現実的な二面性
2021年にタリバンが再び実権を握って以降、イランの姿勢はさらに複雑化しました。イランは、国内への難民流入や国境紛争、過激派組織IS-K(イスラム国ホラーサーン州)の台頭を阻止するため、タリバン政権との対話を重視しています。このため、ハザラ人がタリバンから迫害を受けても、かつてのように武力介入や強力な制裁を検討することはなく、外交的なレベルで「包括的な政府の樹立」や「シーア派の権利尊重」を促すにとどめています。
難民政策の厳格化と強制送還の加速
現在、ハザラ人を含むアフガン難民に対するイランの扱いは、保護とは程遠いものになりつつあります。イランは長年、世界最大級のアフガン難民を受け入れてきましたが、国内の経済状況の悪化や社会的混乱を背景に、2025年から2026年にかけて未登録難民の強制送還を大幅に加速させています。たとえハザラ人がアフガニスタン帰還後に迫害を受ける恐れがあっても、イラン政府は国家の安全と経済を優先し、数百万規模の送還を計画・実行しているのが現状です。
現状は、イランはハザラ人を完全に無視しているわけではありません。宗教的な親近感を背景に、タリバンに対して彼らの権利を守るよう圧力をかける姿勢は維持しています。しかし、その支援はイランの国益を損なわない範囲に限定されており、実態としては「保護」よりも「戦略的な関与」に近いものです。ハザラ人の苦境を自国の交渉力として使いつつ、自国の負担が増えれば冷徹に排除するという、極めて現実的な政策をとっています。
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