中世史❼-1;モンゴル帝国分裂後のアフガニスタン

モンゴル帝国時代(13世紀前半)

 

Gabagool, MongolEmpireDivisions1300, CC BY 3.0
分裂後のモンゴル帝国

アフガニスタンは、ホラズム・シャー朝の支配下にあったため、1219年から1221年にかけてのモンゴル帝国によるホラズム・シャー朝征服の過程で制圧されました。この地域は、モンゴル帝国は大帝国を築いた後分裂しその支配地域は各々以下のように分割されました。モンゴル帝国の分裂後、アフガニスタンを含む中央アジア地域は、13世紀から14世紀にかけて激しい権力の変遷を経験しました。以下では、アフガニスタンを中心に、地域ごとの支配者やその変遷を、ティムール王朝成立までの時代区分で簡述します。

 モンゴル帝国の分裂(13世紀後半)

チンギス・ハンの死後、モンゴル帝国は分裂し、アフガニスタンは主にチャガタイ・ハン国とイル・ハン国の境界地帯となりました。なお、モンゴル帝国分裂後にアフガニスタンを支配したチャガタイ・ハン国イル・ハン国は別ページで詳述します。

 

アフガニスタンの地域別の支配者

北部アフガニスタン(バルフ、マザーリシャリフ):

主にチャガタイ・ハン国の支配下に入りました。モンゴルの統治機構が導入され、遊牧民的な支配が展開されました。

西部アフガニスタン(ヘラート):

イラン高原を支配するイル・ハン国の影響下に置かれました。イル・ハン国は都市部の行政を重視し、現地のペルシア文化を取り入れました。

東部・南部アフガニスタン(カブール、カンダハール):

チャガタイ・ハン国の統治下にあったものの、支配は断続的で、現地の部族勢力が一定の自治を維持しました。

アフガニスタンを分割統治したモンゴル系王朝

北部アフガニスタンを支配したチャガタイ・ハン国

チャガタイ・ハン国は、アフガニスタン北部および東部を含む中央アジアを統治しました。しかし、13世紀後半には内部抗争が激化し、政権は次第に分裂しました。イスラムの影響が強まる中、元朝の影響力が弱まり、現地のイスラム勢力が復権しつつありました。

アフガニスタン北部では、中央アジアの遊牧民勢力が重要な役割を果たし、モンゴル支配が続く一方で、イスラム教への改宗が進展しました。

チャガタイ・ハン国の分裂と東西分裂

1340年頃、チャガタイ・ハン国は、東チャガタイ・ハン国(モグーリスタン・ハン国)と西チャガタイ・ハン国に分裂しました。東西のチャガタイ・ハン国はそれぞれ独自の文化を形成して行きました。

 

東部チャガタイ・ハン国は、中央アジアのモンゴル系遊牧勢力が引き続き影響を持ちましたが、内部抗争による分裂が進行しました。

 

西部チャガタイ・ハン国ではイスラーム化が急速に進み、モンゴル支配のモンゴル遊牧民的要素が失われていきました。

アフガニスタン西部を支配したイル・ハン国

イル・ハン国はアフガニスタン西部(ヘラート)からイラン高原を含む地域を支配しました。ヘラートは文化的・商業的に重要な都市であり、イル・ハン国のペルシア化政策の影響を強く受けました。

イル・ハン国の支配の特徴は、現地のペルシャ系官僚を登用し、比較的安定した統治を維持しました。また、イスラム教の浸透を受け入れ13世紀末にはイスラム教が国教となり、ヘラートを中心にイスラム文化が隆盛しました。

イル・ハン国の崩壊(1335年)

イル・ハン国が崩壊すると、アフガニスタン西部(ヘラート)は地方政権の手に渡り、カルト朝(12世紀末に成立)が重要な勢力として台頭しました。カルト朝は、アフガニスタン西部のヘラートを中心にイスラム文化の中心地としての地位を維持しました。

モンゴル系王朝の衰退と地方勢力の台頭

地方勢力とティムールの出現

アフガニスタン北部や東部では、遊牧民勢力と現地部族の抗争が続き、ティムールが1370年にティムール朝を樹立する直前まで複数の勢力に分裂して統治されていました。

ティムール朝成立(1370年以降)

ティムールは1370年にサマルカンドを拠点にティムール朝を樹立し、アフガニスタンを含む広範囲な地域を征服し支配下に置きました。アフガニスタンには、1381年アフガニスタン西部のヘラートを征服し、以後アフガニスタン全域がティムール朝の支配下に入りました。

 

アフガニスタンにおけるティムールの統治は、ヘラートを中心に行われ文化的中心地の一つとなり、ヘラートはイスラーム文化がさらに発展しました。また、遊牧民と農耕民の融合を図りモンゴルの遊牧的伝統を引き継ぎながら、イスラム文明を重視する統治スタイルを採用しました。

新時代への移行期

モンゴル帝国の分裂後、アフガニスタンはチャガタイ・ハン国とイル・ハン国の境界地帯として分割され、14世紀には両勢力の衰退とともに地方政権が台頭しました。最終的に、ティムールがアフガニスタンを統一し、ティムール朝の支配下に組み込むことで、新たな時代が幕を開けました。この期間のアフガニスタンは、モンゴルの遺産とイスラム文化の融合が進む過渡期であり、その後の中央アジア史において重要な役割を果たす基盤が形成されました。