現代史❹;ソ連軍撤退後のアフガニスタンにおける内戦勃発と混迷期

ソ連撤退後のムジャヒディンの分裂

アフガニスタン内戦の勃発とその要因 

Erwin Franzen from Rodange, Luxembourg, Afghan mujahideen, CC BY-SA 3.0
アフガニスタンのムジャヒディン(1987年)

ソ連撤退後のアフガニスタンは、内戦の混迷に陥りました。アフガニスタンにおける中央政府の権力基盤は脆弱であり、異なる部族や宗派がそれぞれの利害関係に基づいて対立しました。特に、ソ連撤退後も続く冷戦時代の冷たい影響を受け、それぞれの勢力が外部の援助を受けながら争いを繰り広げました。

 

 内戦の要因としては、ムジャヒディン勢力が一致団結できなかったことが挙げられます。ムジャヒディン各派は、共通の敵であるソ連が撤退すると、支配権争いに集中しました。さらに、アフガニスタンが地政学的に重要な位置にあるため、国際的な勢力が争いに影響を与え、内戦が終息する道を複雑にしました。

ムジャヒディン各派の対立の激化 

Erwin Franzen, Kunar August85 with Enfield, CC BY-SA 3.0
クナール州のムジャヒディン

 ムジャヒディン各派は、外国の支援を受けながら、アフガニスタン全土で激しい対立を続けました。これらの勢力は、当初はソ連軍に対抗する共同行動を取っていたものの、その後の政権獲得を巡る争いではそれぞれの権益を追求しました。この権益には、部族間の対立や宗教解釈の違い、さらには分配される外国援助の不平等も影響していました。

 この対立が激化した結果、各派は国内の信用を失い、市民の不満が高まりました。特に、これらの対立はアフガニスタン全土を不安定に陥れ、社会的インフラや平和構築の試みも妨害されました。この混乱状態が、後のタリバン台頭の背景の一つとなったのです。

地域大国の介入とアフガニスタンの孤立

 アフガニスタン内戦は、地域大国の介入を招きました。パキスタンは特にタリバンを支援し、その影響力を強化しました。一方、イランはシーア派勢力を支援し、さらにインドやロシアも自国の利害を守るために関与しました。しかし、このような介入はアフガニスタンの主権を脅かし、国内の統一を追求する試みを阻んできました。

 

 また、地域大国の介入が増すにつれ、アフガニスタンはますます国際社会から孤立する状況に陥りました。国際的に調整された和平プロセスがなく、国内の混乱が解決されないまま、タリバンを含む新たな勢力が台頭する条件が徐々に整っていきました。このような孤立は、アフガニスタン情勢の複雑化をさらに深める要因となったのです。

タリバン運動の興隆とその背後にある要因

タリバンの誕生に掛かるイスラム神学校の役割

 タリバンの誕生は、アフガニスタンの内戦と混乱の中で形成された背景に深く根ざしています。その核心には、イスラム学校(マドラサ)の存在がありました。特にパキスタン国境沿いに位置するマドラサは、ソ連軍撤退後の混迷したアフガニスタン内戦の中で孤児や避難民の若者たちに、教育と同時に厳格なイスラム思想を提供していました。これらの学校の多くは、保守的なイスラム解釈に基づいた思想を育み、タリバンの思想形成に大きな影響を与えました。

タリバンが掲げる思想と政策の特徴

 

北部同盟の反タリバンリーフレット(2001年)タリバンの女性・子供政策非難の内容

タリバンの思想は、イスラム法(シャリーア)を国家運営の根幹に据え、厳格な規律と伝統的価値観の復興を目指すものでした。彼らが掲げた政策の中核にあったのは、安定と秩序の回復という理念です。内戦後のアフガニスタンでは法と秩序が崩壊しており、その混迷に終止符を打つという目標が、タリバンの主張を支持する人々を増やしました。しかし、タリバン治世下では、女性の教育や社会参加が厳しく制限され、国際社会から人権侵害として強い批判を受けることとなりました。

タリバン運動を支持した勢力と反対勢力

 タリバン運動の拡大には、国内外のさまざまな勢力の関与がありました。一方では、秩序の回復を求める農村部や部族社会の支持を集め、特に南部のパシュトゥーン人の間で支持基盤が形成されました。さらに、一部のパキスタン政府関係者や宗教団体からの支援も指摘されています。一方で、旧ムジャヒディン勢力や北部連合(タジクやウズベク系民族を基盤とする勢力)はこれに強く反対しました。この対立は、アフガニスタン内戦の様相をさらに複雑化させる結果を招きました。

タリバンの急速な拡大とその要因

 タリバンが急速に拡大した要因として、内戦後の社会不安と地元民の支持を得たことが挙げられます。秩序の崩壊と政権間の腐敗が続く中で、タリバンは「秩序回復」という明確なメッセージを打ち出し、他勢力と一線を画しました。また、特徴的なのは、軍事力と宗教的結束を併せ持つ彼らの統率力でした。さらに、ソ連撤退後に混沌としたアフガニスタンを舞台として、地域の大国や一部のイスラム諸国から資金や兵器の支援が行われたことも、タリバン台頭の一因となっています。このような背景が重なり、彼らは短期間でアフガニスタン全土を掌握するに至りました。

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