パシュトゥーン人の言葉の芸術パシュトー詩の歴史と魅力

パシュトゥー文学の歴史的背景

パシュトゥー文学の起源と伝統

 パシュトゥー文学は、アフガニスタンはもちろんのこと、パシュトゥーン民族にとっての文化的アイデンティティを象徴する重要な遺産です。その起源は数千年にわたる遊牧生活の中で自然発生し識字率の低い中口承伝承により引き継がれてきました。その中でも「タッパ」や「ランドアイ」と呼ばれる二行詩の形式が最古の形態として知られています。特に「タッパ」は、多くの場合女性は戦士や恋人へのメッセージを詠み、戦士や民衆が日常の感情、愛、祈りなどを表現してきました。専ら女性たちが労働の合間に歌うことが多かったと言われています。

 

 パシュトゥー文学において文献上の初期例としては、7世紀に活躍したアミール・クローリ・スーリが言及されています。彼は戦士であると同時に詩人でもあり、その作品はパシュトゥー語の文学的伝統の最初期を代表するものとされています。このように、パシュトゥー文学は戦い、愛、祈りなどの個人的感情と共同体の精神が融合する形で発展してきたのです。

 

イスラム文化との融合

 パシュトゥー文学は時代を経る中で、イスラム文化と深く結びつき、その影響を受けて進化してきました。特にスーフィズム(イスラム神秘主義)は、パシュトゥー詩における精神性や道徳的テーマの形成に大きく寄与しました。16世紀には、ピール・ロシャンがスーフィズムの学派を創設し、著作『カイール・ウル・バヤーン』を通じて文学と精神性を統合しました。

 

 また、アクフンド・ダルウェザのような著名な指導者は、宗教的意識の高揚を目指して『マクザヌル・イスラム』のような作品を執筆するなど、イスラム文化との結び付きがパシュトゥー詩をより深い内容のものへと押し上げました。この融合によって、パシュトゥー文学は単なる口承文学の枠を超え、哲学的・精神的な深みを持った文学として発展していったのです。

 

大詩人たちとその影響  

ラーマン・ババの詩集の原稿

パシュトゥー文学の歴史において、大詩人たちはその発展に欠かせない存在でした。17世紀にはフシャール・カーン・カッタク(カタ・マライ)が登場し、戦士詩人としての生活と同時に、力強い叙事詩を残しました。また、18世紀のラーマン・ババは、スーフィズムの深い洞察を反映させた愛と純粋さをテーマとした詩で多くの人々を魅了しました。

 

 さらに、アフガニスタン建国の父とされるアフマド・シャー・ドゥランニも詩人として活動し、その作品を通じて国民感情を高揚させました。これらの詩人たちの作品は、パシュトゥー文学を精神性と社会的アイデンティティの両面から豊かにする役割を果たしてきたのです。

 

一方、「タッパ」の多くは、無名の女性詩人によって生み出され口承で伝えられてきました。そのため、女性たちの恋愛、悲しみ、希望を表現するものが多くなっています。

 

口承伝統の美「タッパ」と「ランドアイ」

 パシュトゥー文学の中でも「タッパ」と「ランドアイ」は、口承文芸としての魅力を持つ形式です。タッパは短い二行詩で、特に女性が愛や苦悩、自然への思いを歌う場として親しまれてきました。一方、ランドアイは特定の詩人が存在せず、コミュニティ全体の声として継承される匿名性が特徴で、主に生活や戦争、風刺をテーマにしたものが多いです。

 

 これらの形式は書き言葉による文学が普及する前から、口承として語り継がれることによって、広く人々に共有されてきました。その美しさと簡潔さは今なお多くの人々を惹きつけ、パシュトゥー文学の核心となっています。

 

近代におけるパシュトゥー文学の発展

 近代に入ると、パシュトゥー文学はより多様なテーマやスタイルを取り入れ始めました。特に19世紀後半から20世紀にかけて、政治的・社会的状況の変化とともに、文学もまたその影響を受け、植民地支配への抵抗やナショナリズムを題材とした作品が現れるようになりました。

 

 現代アフガニスタンの詩では、ダリー語とパシュトゥー語の二大言語が用いられ、多文化的な背景を反映しています。また女性詩人として二人の有名な詩人がいます。そのうちの一人が、女性の感情や愛を詠んだ詩で知られ、身分違いの相手と恋に落ち、その恋が発覚して兄により幽閉されても、獄中で詩を血で書き残して命を落としたと言われる「愛と詩のために命をかけた女性詩人」として語り継がれているラビーア・バルキーです。

 

ラビーア・バルキーの代表的な詩(意訳)

 

私は愛する人の名を自分の心に刻む
たとえ世界が私を引き裂こうとも、それだけは消えない

 

 また、パシュトゥーン人の文化と誇りを詩で表現し政治的にも重要な人物で、息子のミール・ワイス・ホータキー(ホータキー朝の創始者)を育て、ムガル帝国に対抗するパシュトゥーンの独立運動を支えたことから「パシュトゥーンの母」として尊敬されたナゾー・トクヒといった女性詩人たちが社会の中でその声を顕著にし始めたことで、文学における女性の役割も重視されるようになりました。今日に至るまで、パシュトゥー文学はアフガニスタンの歴史や文化を語る重要な手段として、その地位を堅持し続けています。

 

ナゾー・トクヒの代表的な詩(意訳)

 

私はパシュトゥーンの娘、誇り高き戦士の血を受け継ぐ
敵が来るなら剣をとり、我が民を守ろう

 

 

文学としてのパシュトゥー詩の特徴

詩的構造と形式の多様性

パシュトゥー詩は、その形式と構造において豊かな多様性を誇ります。伝統的な形式として、短くも力強い口承詩「タッパ(Tappa)」や「ランドアイ(Landay)」が知られています。これらの詩は親しみやすさを持ちながらも、深い感情と哲学的な意味を織り交ぜています。また、長詩や叙事詩では複雑な韻律と構築が用いられ、パシュトゥー語の美しいリズムが表現されています。さらに、現代では自由詩的な形式も採り入れられており、これにより創作の幅が広がっています。こうした形式の多様性は、パシュトゥー詩を文学としてだけでなく、アフガニスタンの文化形成にも大きな役割を果たすものとしています。

 

パシュトゥー詩の異なるジャンル「叙事詩」と「愛の詩」

 パシュトゥー詩の中には、大きく「叙事詩」と「愛の詩」という異なるジャンルが存在します。叙事詩はしばしば英雄の物語や歴史的出来事を題材にしており、共同体の栄光や戦争の悲劇を描写します。一方で、「愛の詩」は個人的な感情や恋愛の喜び、痛みを表現し、その中に普遍的な人間性が込められています。これにより、パシュトゥー詩は聞き手や読者を深く引きつけ、個人と共同体の両視点を取り入れることで文学的価値をさらに高めています。

 

パシュトゥー詩における象徴と比喩

 象徴と比喩は、パシュトゥー詩を語る上で欠かせない要素です。自然の風景や動植物、宗教的テーマなどがしばしば象徴として用いられ、詩の奥深さを増しています。たとえば、風は自由や混乱の象徴として登場し、バラは愛や美を象徴します。また、比喩を使った表現によって、聴衆や読者に感情を直接伝えるだけでなく、作品の中に幅広い解釈と感銘を生み出します。これにより、パシュトゥー詩は読者が自らの経験や価値観を重ね合わせられる特別な文学となっています。

 

精神性とスーフィズムの影響

 パシュトゥー詩には深い精神性が流れており、その多くがスーフィズムに影響を受けています。スーフィズムはイスラム教の神秘主義的な宗派で、愛と霊的修行を重視します。スーフィー詩人たちの作品は、神聖な愛と人間の魂の成長を描き、宗教的メッセージを詩の形で伝えています。ピール・ロシャンやラーマン・ババのような詩人たちは、この精神的な要素をパシュトゥー詩の中核に据え、後世に大きな影響を与えました。こうした詩は、読む人に深い洞察と心の平安をもたらすものとして評価されています。

 

パシュトゥー詩における自然描写

 パシュトゥー詩のもう一つの特徴は、自然描写に対する独特な感性です。山、川、砂漠といった自然環境は、アフガニスタンの地理的背景そのものですが、それ以上に詩の中で自由や孤独、生命の循環といった象徴的な意味を持ちます。たとえば、春の花が新しい始まりを、荒涼とした砂漠が悲しみや試練を表すことがよくあります。自然描写を通じて、詩人たちは自分たちの感情や思想を視覚的でわかりやすい形で表現しており、読者に美しいイメージを与えながらメッセージを深めています。

 

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